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求める前に与える

こんにちは、過食症専門カウンセリング healingroom Puff の井上です。

このブログでは、8年間摂食障害を患っていた私が寛解に至るまでの経験や治療的なプロセスを

お伝えしています



『相手に望む、あるいは求める前に、まずは自分から相手に与えてみましょう。。
自分が温かく優しい心をもって相手に接していれば、相手はきっと自分が望み求めている以上に応えてくれるはずです。。』

そんな忠告や助言を時々耳にします。

それ、みなさんはどんなふうに感じますか。。

よく意味がわからない。。
そんな神様みたいな聖母マリアみたいな菩薩様みたいな気持ち、誰がなれるかっ
なるほど。。そんなものなのかな。。

人によって感じ方は様々あるかと思います。

私はというと、その全部、です。。

相手にこうして欲しい、こんなふうになって欲しい、と思っている時に、自分から与えるってどういう意味。。

自分が困っている時にまずは相手に与えるなんて、心にそんな余裕を持てるワケがないでしょ。。

以前はそんなふうに思っていました。

でも、最近はその意味がなんとなくわかって来たような気がするんです。

相手に不満をぶつけてばかりではなく、相手が自分に何を望んでいるのか、どんな自分を求められているのか、まずは自分から相手を知ろうとする気持ちが大事なのかな。。と思うのです。

それが正しく理解出来るかどうかはひとまず置いておいて、そんな気持ちをいつも備えている、という姿勢が相手に伝わることに意味があるような気がします。

いつも自分のことを知りたい、理解したい、与えてあげたい、と相手が思っていてくれているとしたら。。

そんなふうに思っていてくれているのを常に感じていられたら。。

その人が自分にとって大切で大きな存在である程、自分だって同じように応えてあげたいと思うはずです。

義務感や責任感ではなく、自分自身の意思として、応えたい、与えたいと感じるはずです。

そしたらきっと、不満ばかりぶつけるなんてこと、きっとなくなるのではないかと思います。

大切な人に対する自分なりの温かさや思いやりの心が、結果的に自分へのプラスとなって跳ね返って来るのかも知れません





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心の傷が癒える時

こんにちは、過食症専門カウンセリング healingroom Puff の井上です。

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これまでの人生で最も悲しい出来事。。

一番辛かった時。。

ある程度の年齢まで生きて来ると、今も心の中に強く残っていること、みなさんにもあるのではないかと思います。

そして、その過去を、
今となっては良い思い出。。
今の自分に生かされている貴重な経験。。

そんなふうに感じられているのなら、それはその辛さや苦しさ・悲哀を乗り越えた、と言えるのでしょう。

しかし、その過去を振り返ると未だに涙が出て来てしまう。。
その時と同じように辛く、苦しく、悲しくなってしまう。。

そんなふうに感じるのなら、それはまだその過去を乗り越えられていない、つまり、心の傷として残っている、ということになります。

私自身も、思い出すとまだ涙が出て来てしまう、という経験は当然あります。

今でも時々そんなことが起こりますが、ほとんどが時間の経過と共にきちんと「過去」に変わっていきます。

人の心や感情には、癒えるまでに必要な期間やプロセスがあって、「きちんと悲しむ」ということも、乗り越えるために大切なプロセスの一部になっています。

でも、そのプロセスを経ずに、辛さや苦しさ、悲しさから逃げてしまったり、気持ちにフタをしてしまうと、いつまでもそのまま残ってしまいます。

それはまさに、摂食障害を発症した頃の私自身でした。。

幼い頃から病気になるまでずっと、母に対して感じていた本当の気持ちを「感じてはいけない気持ち」としてフタをしていたのです。

いつも一人ぼっちで寂しい。。
母子家庭じゃなくてふつうの家族が欲しい。。
お母さんの顔色を伺うのはもう嫌。。
背負うものが多すぎて苦しい。。
もっと自分らしく生きたい。。

本当は心の中にそんな思いが溢れていたのに、自分自身がそれに気づいてもいませんでした。。

きっと、気づいたとしても、「そんなふうに感じてはいけない」と自分を責めていたに違いありません。

でも、病気になって、自分の心に向き合い、ありのままの気持ちや感情を認め受け入れる練習を重ねているうちに、幼少期から大人になったその時の自分までの本当の気持ちが見えて来たのです。

本当の私はそんなふうに感じていたんだ。。

それが分かった時に、大粒の涙が流れて止みませんでした。。

そのあとしばらくの間は、思い出す度に何度も同じように泣いていました。。

でも今は、もう泣きません。

つまり、乗り越えたのです

その時の感情を感じたままに認め受け入れたことで、きちんと「過去」になり、心の傷が癒えたのです

人の心には、ネガティヴな感情も含めて、感じてはいけない感情などありません。

辛い、苦しい、悲しい、寂しい、悔しい。。

色々あるけど、全部そのまま感じていこう。。
そう感じている自分もちゃんと受け入れよう。。

そんなプロセスが、心の傷を癒すにはとても大切なのだと思います




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すべてに意味がある

こんにちは、過食症専門カウンセリング healingroom Puff の井上です。

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毎日色々な人と関わりながら生きていると、色々な出来事や気持ちが起こります。

嬉しい事も楽しい事も幸せな事も、悲しい事も辛い事も悔しい事も。。。

そしてその一つ一つの大きさも様々で、チクっと蚊に刺されたような些細な事もあれば、今後の自分の人生に大きく刻まれるような事もあります。

それは家族間や友人間などの対人関係における場合もあれば、病気などの大きなアクシデントによる場合もあれば、もしかすると法に触れるような行為に関する場合だってあるかも知れません。

でもきっと、そうしたすべてに意味があって、誰かから自分へと宛てられた何かのメッセージなのではないかと思うのです

自分に起こった出来事やその時感じた気持ちが、自分にとって必ず何かの意味を持つのではないかと思うのです。

こんな事を言うのも、たまたま最近私自身に生涯の記憶に残るような大きな出来事があって。。

カラダに起きた事なのですが、私にとっては思いもよらない、自分の人生において予想だにしていないようなアクシデントでした

と言っても、命に関わるほどの大きな病気にかかったというわけではなく、長期に渡って辛い思いをしなければならないというものでもありません。

でも、自分にもこんな事が起こり得るのだな。。と、人生というものを改めて考えさせられました。

そして、その出来事を通して自分にどんな課題が与えられているのか、何を得るために起きた事なのか、自分の受け止め方の大切さも感じました。

私はこれまで、自分が摂食障害になった事も同じように重ねて考え、感じて来ました。

ほかの誰かではなく、自分が摂食障害になった事の意味や、そのおかげで得られたものを、自分なりに受け止めて今も生きています

そんな私に最近また次なる“意味のある出来事”がやって来て、やはり同じ事を感じました。

誰にとっても、自分の人生に起こる出来事やその時感じる気持ちには、必ずすべてに意味があるのだと思います




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アタマの良さ

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「頭が良い」って、何でしょう。。

みなさんは「頭が良い人」と聞いて、どんな人を思い浮かべますか。。

IQが高い人、勉強が出来る人、物知りな人、お話しが上手な人、仕事で成功を収めている人、計算高い人。。。

それぞれあると思います。

どれも正解ですし、実際、分野やその時の状況によって求められている“アタマの良さ”は様々です。

私の場合はというと、“アタマの良さ”=機転が利く人、察しが良い人、理解が早い人。。。

そんなところでしょうか。。

また、イメージとして、そのベクトルはすべて「ヒトのココロ」に向けられています

私の生活は、今までもこれからも、自分を含めた「ヒトのココロ」に寄り添い向き合う毎日です

きっとそのせいもあって、私が思う“アタマの良さ”はそんなイメージに至るのでしょう。。

どんなに勉強が出来ても、成績が良くても、心のない人やそう感じさせる人は「頭が良い」とは思えません。。

勉強が苦手な私が言うと、ただの負け惜しみに聞こえてしまうかも知れませんが、私は大切な人や弱っている人にに安心感や温かさを与えられる人こそが、理解力や柔軟性を備えた「頭の良い人」だと感じるのです

このブログでも何度かお話ししていますが、摂食障害は“不安の病気”とも言われています。

ふつうの人が考えもしないような不安や心配を感じて、「言いたいけど言えない」「やってみたいけれど出来ない」というストレスを抱え込んでいます。

もちろん私もそんな道のりを通り過ぎてきたわけですし、今もその性格因子は残ったままです。。

ですから、その「言えない」「出来ない」気持ちを察して、理解してくれて、安心を提供してくれる人は、まるで神様。。

少し大袈裟に感じられるかも知れませんが、病気の回復においてはそれほど大きなチカラがあるのです

それに、なんとなく、その人のココロを察する、理解する、安全に対処できる能力というのは、努力や訓練で成し得るにはどこか限界があるような気がして。。

努力や訓練で好きな人の気持ちがわかるようになるわけではないのと同じように、「わからないものはやっぱりわからない」というものもあるのではないでしょうか。。

私にとって、“アタマの良さ”はつまり、ココロの深さ。。なのかも知れません





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自分なりの逃げ方

こんにちは、過食症専門カウンセリング healingroom Puff の井上です。

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色々な人の話を聞いていると、みんなそれぞれ自分なりのストレス回避法を持っているな。。と感じます

あえて外部からの情報を遮断している、という人もいれば、「もう無理」と一旦そこから離れてみる、という人もいれば、全く別の何かに集中してアタマとココロをリフレッシュさせる、という人もいます。

私が摂食障害を患っている最中は、そんな自分なりの“逃げ方”がわからずに、ただただ溜め込んでいく一方でした。。

正直今も上手に逃げられるようになってはいません。。

でも病気が酷かった頃と違うのは、自分の状態に予測がつくことや、どうすればその状態から回避出来るか、ということがわかるようになったことだと思います。

ただ、予測がついたり回避法がわかるようになったからと言って、それが必ずしも出来るとは限らない、ということです。。

お仕事でも家事でも誰かとのやり取りにおいても、やらなければ回避出来るけれどそうもいかない。。という場合はたくさんあります。

期限があることもあるし、どう抗っても自分の務めである、という場合もある。。

その時の逃げ方を持っていることが、やはり自分の心を守るためには大切なのでしょう。。

やりたくないことをやらざるを得ない以上、ストレスはついて来ます。。

「ストレスを感じないようにする」というのは非現実的な考えです。

でも、その時の自分を客観的に捉えられる人は自分なりの逃げ方を持っている。。と言えるような気がします。

まずは、自分がストレスを感じている、ということに気がつけること、そしてその状態を客観的に捉えられる気持ちのゆとりを持つことが、自分なりの逃げ方を見つけるヒントになるのかも知れません




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Appendix

プロフィール

Puff

Author:Puff
山梨県中央市の自宅で過食症専門のカウンセリングをおこなっています。

私自身が摂食障害を8年間患っていたことをきっかけに、心の病気やその治療法、カウンセリングについて深く学ぶようになりました。

このブログでは、難しい専門知識だけに偏らず、自分自身が寛解するまでに経たプロセスなどを含めて、摂食障害を治すためのヒントを発信していければと思っています。


*摂食障害に関する個人的なご質問やご相談等はお受けしておりませんのでご了承下さい。

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